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そして数時間後、イルカは川に近い林の中で身を潜ませていた。いくら忍びと言っても休みもなく走り続けることは不可能だ。無理をして走り続けても対戦した時にぼろがでる。体力を温存して計算して里に向かわねばならないのだ。 「はー、そういうことでしたか。」 背後に突然カブトの気配がしたと思ったら背中に衝撃が走った。思わずケースを抱えたままその場に蹲る。 「どうして一介の中忍がここまでしているのかと疑問に思って様子を探ってみれば、はっ、とんだ茶番だ、あのはたけカカシの情人だったとは、気色の悪い。」 カブトは嫌なものを見るようにイルカに侮蔑の視線を向けてきた。イルカは自分のふがいなさに悔しくて言葉も出ない。カブトを少しでもまけたかもしれないなどと驕っていたからだ、この失態は自分のせいだ、折角取り戻したと言うのに。だが、絶対に諦めない、ここで倒れようとも、この命に替えてでもこの腕だけは渡さない。 「胸くそ悪い目だ、ナルト君とよく似ているよ、無駄なあがきをする、低俗な連中の目だ。」 愛し子と同じと言われて、イルカは薄く笑った。ナルトも諦めない精神を持っている。元担任だった自分が諦められるわけがない。 「木の葉の忍びを、なめるなよ。」 「どうせ死ぬくせにいきがるなよ。」 カブトは冷静にメスを取り出した。イルカはクナイを取りだして片手でケースを大事そうに抱え直す。荷物を抱えているし相手は上忍、勝ち目はないように思うが、それでも諦めはしない。 「ウジ虫みたいな攻撃してるんじゃないよ、クズが。」 カブトはイルカの目の前に立ちふさがるとメスでイルカの肩を切りつけた。 「背中と肩の傷でかなりの血を流させてもらったから、あとはもう死ぬのを待つだけだよ。僕は優しいからとどめは刺さずにいてあげるよ。ここでくたばるがいいさ。」 カブトはイルカが抱えていたケースに手を伸ばした。だがイルカは頑として手放そうとしない。出血多量で意識が朦朧としているくせにその腕だけは力を緩めようとしない。どこからそんな力が出てくるのか、完全に限界を超えた力だった。 「このっ、くそがっ、」 カブトは忌々しげにイルカの顔を蹴りつけた。意識がなくなりかけていると言うのに、それでもイルカはケースを手放さない。 「あー、もういいよ、分かった。死ねよ。」 カブトは再びメス取りだした。その鈍い刃物の光りに気付く事無く、イルカはケースを、大事そうに、放すものかと抱きしめている。愛しい者を抱きしめているかのようなその光景にカブトは舌打ちした。そして冷たくイルカを見据えると、イルカの首もとの頸動脈向かってメスを振り下ろした。 「な、に?」 カブトの動きが止まり、そしてその場に倒れる。メスを持っていた腕にぴりりとした痛みが走っている。 「どうやって殺そうか?」 カブトはうまく動かない体で振り返った。そこには片腕のカカシが立っていた。その腕にはケースを抱いたイルカを大事そうに抱えている。この一瞬でカブトを攻撃し、イルカを助け出して移動したらしい。恐ろしい早さだ、その気配も目で追うこともできなかった。 「これはこれは、腕の持ち主のご登場とは、ね。」 「諦めろ、追従していた2人の音忍は始末した。残るはお前だけだ、だがお前を一瞬で殺すのは忍びない。その毒は一過性のものじゃないから、いくらお前の快復力がすさまじくともそう簡単には回復しない。どんなに毒に慣れていようが関係ない、そういう毒だ。慣れることのない痛みにいつまでも苦しむがいい。」 カブトは切り傷のついている自分の腕を見た。ひどい色に変色している。カカシの言っていることは嘘ではないようだ。意識した途端、カブトは毒の痛みに悶えだした。味わったことのない苦痛だ、いつまで続くか分からない。回復力がある分、意識を飛ばすこともできずに永劫をと思われる時間を苦痛に支配されなくてはならない。医療に知識があるぶん、この手の毒は厄介だと判断したカブトは畜生、と小さく呟きながらうめき声をあげた。 「残念だけど、今日は帰らせてもらうよ。」 その言葉に呼応するかのようにカブトの体が霧となって散っていく。 「イルカ先生、しっかり、イルカ先生っ。」 カカシはそっと腕の中の人を揺り起こす。イルカはうっすらと目を開けてカカシをじっと見つめた。 「カカシ、さん、」 弱々しい、か細いイルカの声にカカシが力強く応える。 「イルカ先生。俺の腕を取り戻してくれたんですね、ありがとう、俺のためにがんばってくれたんだね。」 イルカはぽろぽろと涙をこぼした。今までどんなに苦しい思いをしても泣かなかったけれど、カカシ本人を目の前にしたらどうしても我慢ができなかった。 「うっ、うう、かか、さん、」 「うん、ごめんね、一緒に帰ろうね。」 カカシはイルカの体をぎゅっと抱きしめた。血の匂いが鼻につく。かなりの出血だ、急いで里に戻らないと。 「カカシさん、キス、して、おね、がい、」 カカシは急がなければならないという意識があったものの、その言葉に抗えるわけもなく、数ヶ月以上もずっと愛しい人の体に触れていなかったこともあり、あっさりと陥落した。
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